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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)210号 判決

原告

A

B

右両名訴訟代理人弁護士

河野敬

三宅弘

近藤卓史

被告

東京都目黒区長

河原勇

右指定代理人

小尾仁

外一四名

主文

一  被告が平成三年五月七日付けでした原告Aに対する予防接種法に基づく医療費・医療手当の不支給決定及び原告Bに対する同法に基づく障害児養育年金の不支給決定をいずれも取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  予防接種の実施

原告Aは、父原告B及び母C子の長女として、昭和四八年一二月一日出生した者であるが、昭和四九年四月二六日、被告が実施したポリオ(急性灰白髄炎)生ワクチンの予防接種を、同年五月一七日、同じく三種混合ワクチン(百日せき・ジフテリア・破傷風)の予防接種(第一期二回目)をそれぞれ受けた(以下、右二種のワクチン接種を「本件予防接種」という。)。

2  原告Aの発病

原告Aは、右三種混合ワクチン接種後七日目の昭和四九年五月二四日午前五時四五分ころ、眼球が一点を凝視し、手足が突っ張る症状が一分程度続く無熱性のけいれん発作を起こし、近くの井上内科医院で診察を受け、翌二五日から同年六月一四日まで日本医科大学付属病院に入院したが、その後も、けいれん発作が断続的に繰り返され、さらに同病院において二度にわたり(同年七月二一日から同月二七日まで及び同年九月二一日から一〇月一日まで)入退院を繰り返した。

その後、原告Aは、原告Bの転勤に伴い、秋田大学医学部付属病院に入通院して治療を受け、同病院において「症候性・外因性てんかん」と診断され、さらに、松戸クリニック、東京女子医科大学病院及び順天堂大学医学部付属順天堂浦安病院に通院して治療を受けたが、けいれん発作は治まらず、原告Aは、てんかん、精神発達遅滞などにより重度の心身の障害(以下、原告Aの右症状を「本件疾病」という。)の状態にある。

3  原告らの給付の請求及び被告の不支給決定

原告らは、平成二年五月二三日及び同年一〇月一七日、被告に対し、本件疾病は本件予防接種を受けたことによるものであるとして、予防接種法及び結核予防法の一部を改正する法律(昭和五一年法律第六九号)附則三条一項に基づき、原告Aについては予防接種法(平成六年法律第五一号による改正前のもの。以下「法」という。)一七条一号所定の医療費・医療手当、原告Aを養育する原告Bについては同条二号所定の障害児養育年金の各給付を請求した。

これに対し、厚生大臣は、平成三年三月二二日付けで、原告Aに三種混合ワクチン接種後、発熱、意識障害など脳炎・脳症を思わせる症状がなく、また、三種混合ワクチン接種後七日を経過してけいれんを起こすことはないとし、さらに、ポリオ生ワクチンの接種により原告Aのような経過を示すこともないとして、本件疾病と本件予防接種との因果関係を否定し予防接種法及び結核予防法の一部を改正する法律(昭和五一年法律第六九号)附則三条一項の認定をしなかったため、被告は、同年五月七日付けで、原告らの請求に係る右各給付の不支給決定(以下「本件処分」という。)をした。

4  本件処分の違法性

しかし、本件疾病は本件予防接種を受けたことによるものであるから、厚生大臣の右判断は誤りであり、本件処分は違法である。

(一) 法一六条ないし一八条の定める救済制度が、予防接種の副反応による被害を簡易迅速に救済しようとするものであること、予防接種によって副反応が生じる機序が医学的に必ずしも解明されておらず、ある副反応が予防接種の結果生じたことを医学的に証明することは極めて困難であることに照らせば、ある疾病が、① 当該ワクチンの副反応として起こり得ることについて医学的合理性があり、② 当該ワクチン接種から一定の合理的時期に発症しており、③ 当該ワクチン接種によると考えるよりも他の原因によるものと考える方が合理的である場合でないときには、当該疾病は「当該予防接種を受けたことによるものである」と認定されるべきである。

(二) ワクチン接種の副反応として起こり得る医学的合理性

原告Aの症状は、脳症であり、最初の無熱性けいれん及びその後の発作の繰り返しによって脳の損傷が次第に重大化し、症候性てんかんとなったものであるが、無熱性けいれんは、中枢神経系の症状であり、百日せきワクチンを始め各種ワクチン接種に起因して発症することが知られており、特に、三種混合ワクチンや百日せきワクチン接種後のけいれん(無熱性・熱性を問わない。)は、それらワクチンの副反応として医学的に周知の事実であって、このことは米国の伝染病対策センターが、三種混合ワクチン接種後の副反応の主要な症状の類型として、「脳炎・脳症」、「熱性けいれん」と並んで「無熱性けいれん」を位置づけていること、米国の予防接種被害救済制度において、法律上の補償対象となる三種混合ワクチン接種後の副反応として「無熱性けいれん」が挙げられていることからも明らかである。したがって、本件疾病が三種混合ワクチン接種によって起こり得ることについて医学的に十分の合理性がある。

(三) ワクチン接種から合理的時期内での発症

現在の医学の水準においては、三種混合ワクチン接種によって発症する中枢神経系障害の潜伏期の長さを明確にすることはできず、これを合理的に推知するためには疫学的調査によるしかないところ、わが国においてはそのような疫学的調査が行われていないが、米国やスウェーデンでは、接種後六日以上を経て無熱性けいれんを発症した例が報告されており、原告Aの無熱性けいれんが三種混合ワクチン接種後七日目に発症したことは、接種後一定の合理的時期に発症したものということができる。

(四) 他の原因による可能性との比較衡量

原告Aの本件疾病については、日本医科大学付属病院及び秋田大学医学部付属病院での各種検査の結果、感染症、代謝異常など、本件予防接種以外の原因疾患の可能性はすべて否定されており、また、原告Aの親族にもてんかんの既往症のある者はおらず、本件予防接種以外に、本件疾病の原因は考えられない。

(五) したがって、原告Aの症状は前記①ないし③の基準を全て充たしており、無熱性けいれんをもって発症した本件疾病は三種混合ワクチンによるものというべきである。

5  よって、原告らは本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、原告Aがけいれん発作を起こして、昭和四九年五月二四日に井上内科医院を受診し、翌二五日から同年六月一四日まで、同年七月二一日から同月二七日まで及び同年九月二一日から一〇月一日まで、日本医科大学付属病院に入院したこと、その後も、秋田大学医学部付属病院に入通院し、さらに松戸クリニック、東京女子医科大学病院及び順天堂大学付属順天堂浦安病院を受診したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は認める。

4  同4は争う。

三  被告の主張

従来から、三種混合ワクチン接種後の副反応としては、接種後三日以内に発熱、意識障害、けいれんを主症状とする急性脳炎・脳症が生じる可能性があることが経験的に知られているが、三種混合ワクチン接種後七日を経過して無熱性けいれんを起こすという事例は知られておらず、本件疾病は、通常考えられる同ワクチンの副反応の発生機序では説明ができないし、ワクチン接種後の副反応は三日以内に起こると考えられるものであって、経験則上も本件疾病と同ワクチン接種との間の因果関係は認められない。

ある疾病が予防接種の副反応によるものであるかどうかを判断するに当たっては、当該疾病の発生のメカニズムが、実験・病理・臨床などの観点からみて、科学的・学問的に実証性や妥当性があるか否かが基準とされるべきであるところ、原告らは、三種混合ワクチン接種により原告Aの脳に障害が生じ、脳症が引き起こされたとの仮説に基づき、本件疾病と本件予防接種との間に因果関係があると主張するようであるが、脳症によってけいれんが発症する場合には長時間の意識障害を伴うものであり、原告Aの三種混合ワクチン接種後七日目の無熱性けいれんは意識障害を伴わないものであったことに照らせば、その当時原告Aが脳症であったとはいえず、本件疾病が三種混合ワクチン接種に起因する脳症に由来していると考えることに医学的な合理性があるとはいえない。

また、一才以下の乳幼児が原因不明の無熱性けいれんを起こす例は多く、無熱性けいれんをもって発症した本件疾病の原因疾患が特定できなかったからといって、直ちに本件疾病が本件予防接種に起因すると考えることは誤りである。

なお、原告Aの本件疾病は、ポリオ生ワクチンの副反応としてのポリオ様麻痺症状とは全く異なるものであり、本件疾病とポリオ生ワクチン接種との間に因果関係がないことは明らかである。

したがって、厚生大臣が予防接種法及び結核予防法の一部を改正する法律(昭和五一年法律第六九号)附則三条一項の認定をしなかったことは正当であり、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張は争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1及び3の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、原告Aの発病とその後の経過についてみるに、請求原因2のうち、原告Aがけいれん発作を起こして、昭和四九年五月二四日に井上内科医院を受診し、翌二五日から同年六月一四日まで、同年七月二一日から同月二七日まで及び同年九月二一日から一〇月一日まで、日本医科大学付属病院に入院したこと、その後も、秋田大学医学部付属病院に入通院し、さらに松戸クリニック、東京女子医科大学病院及び順天堂大学付属順天堂浦安病院を受診したことは、当事者間に争いがなく、右争いがない事実に、〈略〉を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告Aは、昭和四八年一二月一日、体重三〇四二グラム、身長五〇センチで母子とも健康な状態で出生し、頸座りは3.5か月で、特段の異常もなく順調に成長し、昭和四九年三月一三日に碑文谷保健所で行われた三、四か月児健康診査時には体重五九〇〇グラム、身長六四センチに育っており、診査の結果でも何ら異常の指摘を受けることもなく、当日ツベルクリン注射を受け、翌々一五日には同保健所でBCGの接種を受け、さらに、いずれも目黒区立向原小学校で実施された集団予防接種として、同年四月一九日に三種混合ワクチンの接種(第一期第一回目)を、同年四月二六日及び五月一七日に本件予防接種をそれぞれ受けた。

原告Aには、父(原告B)の姉の子に流産抑制剤による知恵遅れの子(脳性麻痺やてんかんではない。)が一人あり、また、母方の祖母の一六人の兄弟の一人にノイローゼになった者がいるほか、母の姉の子の一人に幼児期に一度熱性けいれんを起こした者(その後はけいれんを起こしたことがない。)がいたが、父母及び弟(昭和五八年生まれ)その他の親族にてんかんの病歴のある者はなく、原告Aも、昭和四九年五月二四日以前には、熱性・無熱性を問わず、けいれんを起こしたことは一度もなかった。

2  原告Aは、本件予防接種のうちの三種混合ワクチン接種(昭和四九年五月一七日)の二、三日後にミルクを激しく嘔吐し、その接種の七日後に当たる昭和四九年五月二四日(満五か月時)午前五時ころ、眼球が一点を凝視し手足が突っ張り震える強直性のけいれんを起こし、午前八時ころにも同様の発作を二、三回繰り返したため、自宅近くの井上内科医院で受診し、医師から風邪薬等の処方を受けて帰宅した。しかし、当日の午後も、数回のけいれん発作を繰り返し、午後八時ころには、口から泡を吹き、口唇に強いチアノーゼが現れるという発作がみられたため、午後一〇時ころ、日本医科大学付属病院救急外来を受診したが、特段の処置を受けることなく一旦帰宅し、翌二五日から精密検査のため同病院に入院した。右数回のけいれんは、いずれも発熱を伴わない無熱性のけいれんであり、時間にして一分ないし五分継続し、長時間の意識障害を伴うものではなかった。

原告Aは、日本医科大学付属病院に入院後も、無熱性のけいれんが一日数回起こる状態が続いたが、抗けいれん剤投与後二、三日で発作の出現が消失し、在宅での抗けいれん剤の処方もされずに同年六月一四日退院した。

右入院の際の同病院における脊髄液検査や眼底所見に異常はなく、脳波にも異常波は認められず、原告Aに髄膜炎や脳炎の疾患があることは否定され、また、各種検査結果によっても、原告Aのけいれんが、ビタミンB6依存症、低カルシウム血症及び低血糖症、トキソプラズマ原虫、ポリオウィルスなどのウィルス感染、アミノ酸代謝異常症によって発生していることを示す所見はなかった。

3  原告Aは、昭和四九年七月二一日(満七か月時)早朝、三九度近い発熱があって、けいれんを起こし、何回か同様のけいれん発作を起こしたので、同日から再び日本医科大学付属病院に入院し、抗けいれん剤が投与された。同病院において、再び脊髄液、血清電解質、脳波などの諸検査が行われたが、特段の異常は認められず、発作の出現も治まったため、同月二七日に退院し、退院後は抗けいれん剤を服用しながらしばらく経過観察することとなった。

4  その後、原告Aには、しばらくの間、けいれん発作が起きなかったが、昭和四九年九月一九日(満九か月時)から、身体が震えるようなけいれんが起きるようになった。その症状は、それまでのけいれんと少し様子が異なり、左の瞬目と右手の痙直があり、左足先端を屈曲させるような短時間(一回五秒位)のけいれんを一日に二〇回位も頻繁に繰り返すというもので、翌二〇日も同様のけいれんが繰り返され、二一日には、右手を硬直させ、左手で何かを掴む仕草をし、足を内側に突っ張り、顔をピクピクさせるという強いけいれんを起こしたため、同日、日本医科大学付属病院に三回目の入院をした。

入院後、抗けいれん剤が投与され、約四日程で発作の出現がみられなくなったが、同病院の医師は、それが抗けいれん剤投与の効果であるとは断定できないと考え、また、脳波検査の結果、左側後頭部に異常波があると判断したことから、脳スキャン、脳血管造影等の検査を予定したが、原告Aは、父親の転勤に伴って秋田県に転居することになり、それらの検査をすることなく一〇月一日退院した。

5  原告Aは、秋田県に転居後の昭和四九年一〇月二六日(満一〇か月時)から昭和五二年一二月(満四才時)まで秋田大学医学部付属病院に入通院した。その間の原告Aの症状は、短時間のけいれんが一日数回から十数回頻発する状態が二、三日続いてその後消失するという発作の群発状態が一、二か月に一度周期的にあるというものであり、また、けいれんの様子は「一点凝視」、「四肢を軽く震わせる」というもので、時に「口をパクパクさせる」こともあった。

同病院では、日本医科大学付属病院の紹介状及び検査データを検討し、また、独自に脳波検査を含む諸検査を実施したが、それらによっても、原告Aには、けいれんを発症させる特定の疾患や異常所見は認められなかった(脳波検査でも明らかな異常は認められず、日本医科大学付属病院における異常波があるとの前記所見は検査の際の何かの手違いによるものであると判断された。)。しかし、原告Aの症状は、遺伝的素因によるてんかん(いわゆる真性てんかん)の症状とは明らかに異なるものであり、同病院の医師金野公一(以下「金野医師」という。)は、外部からの侵襲を原因とする脳の疾患を疑ったものの、これを発見することができず、投薬によっても周期的に襲ってくる発作を止めることができなかったこともあって、昭和五〇年八月には東北大学医学部付属病院での診断を依頼したが、同病院においても、原告Aの症状について「難治性てんかん」と診断されただけで、その基礎疾患を特定することはできず、金野医師も、最終的には、原告Aの症状を「症候性てんかん」(基礎疾患は特定できないものの、脳の何らかの疾患によっててんかんの症状が現れている状態)と診断した。

なお、原告Aは、秋田大学医学部付属病院での治療と並行して、昭和五〇年八月初めころ(満一才八か月時)、児童相談所で精神発達検査を受けたところ、歩行(一七か月で歩行始める。)が不安定で、粗大運動系に若干の遅れのあることが指摘された。

6  原告Aは、昭和五二年一二月、家族とともに千葉県丙市に転居し、以後松戸クリニックに通院したが、周期的な発作は治まらず、精神発達の遅滞も顕著になり、昭和五三年四月から甲障害児学級に通園し、昭和五六年四月(満七才時)、一年遅れで乙小学校の普通学級に入学した。昭和五六年五月ころの原告Aの発作の頻度・周期は従前と余り変化はなく、発作の様子は、左手を握りしめ、顔を九〇度以上左上方にかたむけ、眼球は左上方を向いて固定し、左足は蒲団を蹴飛ばし、右足は伸展しているという姿勢で一〇秒位けいれんが続き、発作の終わりころ口をもぐもぐさせるというものであり、昭和五六年六月に行われた国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)での診察の結果によっても、原告Aの発作の症状は、「症候性てんかん」であると診断された。

原告Aは、小学校入学後も、月に一度位の割合で、一日数回から十数回のけいれん(けいれん後しばらく意識が戻らないことがある。)が起き、これが二、三日続くという発作の群発状態を周期的に繰り返し、発作のないときもイライラして物を投げたり、さしたる理由もなく騒いだり暴れたりという状況であったため、小学校の六年間は一応普通学級に通学したが、中学校からは特殊学級に通うようになった。なお、原告Aは、平成二年三月に中学校を卒業後、丙市立の養護学校に通学し、養護学校卒業後は、丙市の精神薄弱者通所授産施設「丁」に通い、単純作業に従事しているが、日常生活においては常時介護が必要な状態にある。

7  原告Aは、昭和五九年一〇月(満一〇才時)になって、持続時間が二〇分ないし三〇分と長いけいれん発作を起こすようになり、昭和六〇年一月、東京女子医科大学病院に二か月程入院し、その後月一回通院するようになり、それから約二年半程度発作を起こさない時期があったが、中学校一年生の昭和六二年一二月(満一四才時)になって左上下肢優位の間代性発作が出現し、その後は、また一、二か月に一度という割合で発作があるようになった。なお、昭和六三年一一月以降、原告Aは、自宅に近い順天堂大学付属順天堂浦安病院に通院するようになった。

8  ところで、原告Aのてんかんの原因については、秋田大学医学部付属病院での治療段階から既に脳の何らかの障害の存在が疑われていたが、その後、原告Aの脳については、松戸クリニックにおける昭和五九年一二月一〇日(満一一才時)の頭部CTスキャン検査により左側脳室下角に軽度の拡大が認められ、また、東京女子医科大学病院における昭和六〇年一月二五日(満一一才時)の頭部CTスキャン検査により左大脳半球の萎縮、右前頭葉の局部性萎縮、左側脳室下角の拡大といった所見が得られ、さらに、順天堂大学医学部付属順天堂医院脳神経内科における平成五年一一月二五日(満一九才時)の頭部MRI検査では左海馬の萎縮が、東京大学医学部付属病院における平成六年一月一七日(満二〇才時)の放射線検査では左側頭葉を中心に左前頭葉・頭頂葉・被殼に及ぶ軽度ないし中等度の血流低下がそれぞれ認められた。

9  なお、平成五年一一月(満一九才時)以降原告Aを診察している順天堂大学医学部付属順天堂医院脳神経内科の医師今井壽正は、てんかんを含む全病像の非定型性、頭部MRI検査等の結果、発症時の状況、既知の原因疾患が存在しないことを総合し、原告Aの症状について、「三種混合ワクチン接種による脳症(症候性てんかんと精神薄弱)」と診断している。

三  次に百日せきワクチン等の副反応についてみるに、〈略〉によれば、以下の事実が認められる。

1  予防接種後の中枢神経系の症状については、自己免疫(アレルギー)によっても発症するとの説も有力に主張されてはいるが、現在までその発症の機序が医学的に十分解明されているとは言い難い状況にある。しかしながら、古くから、百日せきワクチンその他の予防接種により脳症等の中枢神経系症状に陥ったとみられる症例が報告されており、また、百日せきワクチン又は三種混合ワクチン接種後に無熱性けいれんの症状を呈することがあることも以前より知られていたところであって、それら予防接種の副反応が発熱や意識障害を伴う急性脳炎・脳症に限られているわけではない。現に、米国における法定の予防接種被害補償制度においては、三種混合ワクチンの副反応として、脳炎・脳症のほかに無熱性けいれんもあることを前提として、脳炎・脳症とは別に、無熱性けいれんについても医療機関の報告義務や補償の対象とすることを定めている。

2  スウェーデンにおいては、一九五九年(昭和三四年)から一九六五年(昭和四〇年)までの間に三種混合ワクチン接種後の中枢神経系症状を呈した症例として一六七例が報告されており、その内訳は、脳障害三例、けいれん八〇例、ショック五四例、異常な夜泣き二四例、その他六例となっており、けいれん性疾患には発然を伴わないもののあることが指摘されている。そして、右けいれん症例について接種と副反応との時間的間隔をみると、その資料のある六〇例のうち、その大部分は二四時間以内に発症したものであるが、接種後六日目での無熱性けいれんの発症例及び接種後発熱が七日続いた後のけいれん発症例がそれぞれ一例ずつあるとされ、また、脳障害三例のうち二例のけいれんも接種後一週間ないし九日目で発症したとされている。

英国において、一九七四年(昭和四九年)以前の一一年間に百日せきワクチン接種による神経系合併症に罹患した三六人の小児について行われた調査結果によると、そのうちの三二例にけいれん症状があり、うち意識喪失の持続を伴った者は九例であったこと、また、二二例は中等度から重度の精神発達遅滞(精神薄弱)になると同時にてんかんに悩まされたとの報告がされている。そして、けいれん症状のみられた三二例のうち、二三例は接種後二四時間以内に発症しているが、接種後七日目までに発症したものが七例、接種後一週間から二週間で発症したものが二例あるとされている。

3  わが国で百日せきワクチン又は百日せきワクチンを含む混合ワクチンによって起こった可能性のある脳症の症例は、昭和二七年から昭和四九年までに六一例(うち死亡三三例)発見されているといわれており、その接種後神経症状発症までの間隔は五七例までが二四時間以内、最長で三日であったとの資料があるが(乙第三号証三二頁)、他方では、昭和四〇年から昭和四五年までの三種混合ワクチン接種後の神経系障害の症例一七例のうち、潜伏期間が四日の症例が一例、八日の症例が一例あるとも報告されており(甲第二七号証)、接種後発症までの期間が必ずしも三日以内に限定されているわけでもない。

また、米国においては(米国においては、本件予防接種に用いられたのと同様の三種混合ワクチンが現在も使用されている。)、一九八二年(昭和五七年)ないし一九八四年(昭和五九年)の間に三種混合ワクチン接種の副反応として報告された二六〇〇例のうち七五例が無熱性けいれんであり、そのうち接種日から発症までの期間についてみると、一日以内(接種当日又は翌日の発症)のものが五四例、二日から七日のものが一四例、八日から一三日のものが四例、一四日から三〇日のものが三例あり、また、一九八五年(昭和六〇年)ないし一九八六年(昭和六一年)の間に三種混合ワクチン接種の副反応として報告された二九七九例のうち六二例が無熱性けいれんであり、そのうち接種日から発症までの期間についてみると、一日以内(接種当日又は翌日の発症)のものが四六例、二日から七日のものが八例、八日から一三日のものが三例、一四日から二八日のものが五例あったことが報告されている。

なお、昭和三三年に英国において発表された論文でも、百日せきワクチン接種後の中枢神経症状として報告された症例六三例(発症までの時間の明らかなもの)のうち、接種後一二時間以内に発症したものが三九例で最も多いが、接種後七二時間以上の発症例も六例紹介されている。

四  そこで、以上の認定事実に基づいて原告Aの本件疾病と本件予防接種との間の因果関係について検討する。

1  前記二に認定したところによれば、満五か月時(昭和四九年五月二四日)に発症した無熱性けいれんに始まり、その後長年にわたって周期的に繰り返された原告Aの群発発作は、そのうちのどれか(あるいはどれか以降)が他と異なる原因で発生したと考える根拠の見当たらない本件においては、日本医科大学付属病院へ入院した三度の群発発作を含め、同一の原因による一連のものとして生じたものと考えるのが相当であるところ、原告Aの症状については、脳の何らかの疾患に起因する「症候性てんかん」であると診断されており、原告Aには、父母、弟その他の親族にてんかんの病歴のある者はおらず、遺伝因子の関与が窺われないことからすれば、原告Aの最初の無熱性けいれんは、脳に対する何らかの侵襲によって引き起こされた脳の障害に起因して発症したものとみるのが自然であり、本件疾病も脳に生じた右障害によるものと推認するのが相当である(なお、証人加藤達夫の証言中には、原告Aの最初の無熱性けいれんと現在の同人の症状とは関係がない旨の証言部分があるが、その理由とするところは必ずしも明確でなく、前記二に認定した事実に照らし、採用することができない。)。

2 そして、原告Aには、最初の無熱性けいれんの原因となるような先天的な奇型的要素があるとの事情は何ら認められないし、また、前記二で認定したとおり、原告Aの出産には特段の異常もなく、出生後は順調に成長していたものであって、出生から最初の無熱性けいれんの発症までの間に、本件予防接種のほかに、本件疾病の原因となるような脳の疾患、外傷その他の疾病に罹患したことを窺わせる証拠は見当たらない。

3 一方、前記三に認定したところからすれば、無熱性けいれんをはじめ各種の中枢神経系の症状が百日せきワクチンや三種混合ワクチン接種の副反応として発症することは、その発症の機序が未だ医学的に十分解明されてはいないものの、一応医学的に合理的なこととして一般に承認されているということができるし、また、百日せきや三種混合ワクチン接種後の中枢神経系の症状は、多くの症例において接種後二四時間内に発症しているが、過去にわが国や諸外国で報告された症例にもみられるように、無熱性けいれんが接種後七日目以降に発症した症例も報告されており、原告Aが無熱性けいれんの発作を初発したのが三種混合ワクチン接種後七日目であったことは、その間の因果関係を肯定するうえで、必ずしも医学上の一般的知見や経験則に反するものであるとまでいうことはできない。

4 また、原告Aの本件疾病については、日本医科大学付属病院や秋田大学医学部付属病院などにおける各種の検査により、代謝異常その他のけいれんを発症させる既知の原因疾患の存在が否定されているのであり、しかも、原告Aは三種混合ワクチン接種後七日目に発症した無熱性けいれん以前にはけいれんを起こしたことはなかったのであって、本件においては、本件予防接種のうちの三種混合ワクチン以外に、本件疾病の原因として合理的に考え得る具体的な原因の存在を窺わせるような証拠は何ら存在しない。

5 右1ないし4に加え、小児神経学を専門とし、原告Aの満一〇か月時から満四才時までを診察した金野医師が、本法廷における証人尋問において、現時点で考えれば、本件予防接種が原告Aの本件疾病の原因となっている可能性は相当高いといえる旨証言していることをも合わせ考えると、原告Aの本件疾病は、本件予防接種のうち三種混合ワクチンの接種に起因するものと推認するのが相当である(なお、本件疾病と本件予防接種のうちポリオ生ワクチン接種との間の因果関係については、本件全証拠によっても、その存在を的確に認めることができない。)。

五  被告は、ワクチン接種後の副反応は三日以内に発症するものであるから、三種混合ワクチン接種後七日目に発症した原告Aの無熱性けいれんは、本件予防接種の副反応とは認められない旨主張し、証人加藤達夫は、日本や海外におけるワクチンの副反応の報告例の殆どがワクチン接種後二日ないし三日以内のものであって、ワクチン接種後七日目に発症した無熱性けいれんについて予防接種との因果関係を肯定するのは困難である旨証言する。

確かに、右副反応の報告例の大部分が接種後三日以内に発症しているものであることは、前記三で認定したとおりであるが、他方、三日を超える潜伏期間をもって中枢神経系の副反応が生じる症例も少数ながら現に報告されていることも前記認定のとおりであり、また、証人加藤達夫自身も述べているように、予防接種によって副反応が生じる機序は必ずしも十分解明されているわけではなく、三種混合ワクチン接種による副反応が接種後必ず三日以内に発症すると断ずることはできないのであって、右証言部分が、接種後三日以上の潜伏期間をもって副反応が生じることは異例であるとの一般的見解を述べたものであるとすれば(前掲乙第三号証中の「不活化ワクチンによる脳症は接種後二四時間以内程度に起こると考えられ、これをはずれる症例は偶発の他の原因による脳症である可能性が大きくなる」旨の記載も同趣旨のものといえよう。)、それなりに首肯し得ないわけではないが、その趣旨が、およそワクチン接種後七日目に発症した場合には常に予防接種との因果関係が否定されるというのであるとすれば、それは採用することができないというべきである。そして、原告Aが接種後二、三日目に嘔吐していることなどその発症前後の経緯や、その後の症状の推移、検査や治療の経過などといった諸事情や前記四に説示したところからすれば、本件においては、原告Aの無熱性けいれんの発症が単に三種混合ワクチン接種後七日目であったということから直ちに同ワクチンとの因果関係を否定することはできないというべきであって、これと異なる被告の前記主張は失当というほかない。

なお、成立に争いがない乙第六号証(予防接種の手引き・第七版)中の五八頁には「米国の救済制度が通用されるのは、DPT、DTの脳症・脳炎、ショック、虚脱、後遺症としてのけいれんは三日以内に発症したものである。」との記載があるが、前掲甲第二二号証の一ないし六、第三六号証によれば、右の記載は若干不正確であり、米国の予防接種被害補償制度においては、三日を超えて発症するけいれんや脳症についても、科学的研究又は医療専門家の証言という証拠によってその間の因果関係を立証した場合には補償対象となり得ることが明らかであるから、乙第六号証の右記載をもって被告の主張を裏付けることができないことはいうまでもない。

六  以上のとおりであって、厚生大臣が原告Aの本件疾病と本件予防接種のうちの三種混合ワクチン接種との因果関係を否定し予防接種法及び結核予防法の一部を改正する法律(昭和五一年法律第六九号)附則三条一項の認定をしなかったことは、因果関係についての判断を誤ったものというべきであり、右誤った判断に基づいてされた本件処分は違法であって取消しを免れないというべきである。

よって、原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する、

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官德岡治 裁判官橋詰均は、転補のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官佐藤久夫)

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